映画『人魚の眠る家』

Production Note

映画化にあたって

ある日突然、家族の悲劇に直面し、究極の選択を迫られる―。はじめて原作を読んだ時、自分にも、誰しもに起こりうるこの普遍的な設定に一気に引き込まれました。その時、自分だったら一体どうする?愛する人のためなら、神の領域にも手を染めたくなるような欲望。先の見えないこの展開にページをめくるに連れ、心を鷲掴みにされながら、最後は清々しく穏やかな涙が流れる。何が正しくて、何が誤っているのか―結論はないかもしれませんが、東野圭吾先生が描くこの物語は、近い将来、医療や科学技術の発展がもたらすであろう先見的な時代性、倫理観を揺るがしかねない人類の欲望、それらが交錯する人間ドラマが見事に表現された作品であり、心に深く刺さる題材だからこそ、ぜひとも映画化したいと思いました。

堤幸彦監督とのタッグ、映画ならではの表現を目指して

同じ東野先生原作の映画『天空の蜂』(15)で、社会的なテーマを持ちながら、ダイナミックなエンターテイメント作品として見事に映像化した堤監督の手腕は本当に素晴らしかったですし、『明日の記憶』(06)では非常にデリケートな題材でありながら、人間ドラマを丁寧に積み上げていく緻密な演出が心震わす感動をもたらしてくれる。深いテーマを一つのエンターテイメント作品としてしっかりと作り上げる堤監督こそ、この原作を最も魅力ある映画にしてもらえるという確信がありました。 脚本に関しては、主人公の薫子という母親と娘の愛の物語という事もあり、監督と相談しながら、構成力はもちろんのこと、女性ならではの目線をもって、繊細な感情描写を描ける篠﨑さんが候補としてあがりました。篠﨑さんに正式オファーする前に、興味のある題材を伺ったところ、母と子供の物語を書いてみたいということで、本当に偶然のようで驚きましたが、まさに必然の流れで、篠﨑さんしかいないと思いました。 また、原作にはない、オリジナルシーン(娘が母親に見せたかった美しい景色)を脚本で創作しようと思い、東野先生に相談したところ、改変を快諾してくださった上に、逆にアイディア(子供目線だから見える景色)を頂き、それを映画で表現することができました。

キャスティングについて

これまで様々な作品で篠原涼子さんの女優としての魅力を感じていましたが、今回の薫子のように、実際に母親でもある篠原さんが等身大で演じる母親役は非常に新鮮に映るのではないかと思いました。また愛なのか欲望なのか、観る人にとっては正気にも狂気にも見えるキャラクターの振れ幅を篠原さんなら、また新しい魅力として表現頂ける期待感がありました。また、西島秀俊さんは、オーナー企業の社長としての風格とインテリジェンスを持ち、篠原さん演じる薫子の行動に翻弄されながらも、それをしっかり受け止め、さらに孤独な人間の苦悩を表現頂けるのではないか。ドラマでは以前に共演されてはいましたが、映画では初共演となるこのお二人の夫婦共に今回のキャラクターにぴったりでした。娘の瑞穂役については、オーディションによる選考でしたが、タイトルにある通り、“人魚”に相応しい、透明感のある雰囲気と自然なお芝居が、最初に会った時からイメージ通りでした。最終的には監督、プロデューサー陣一致で、稲垣来泉さんに決定しました。

撮影にあたって準備したこと

介護シーンは、特にしっかりと表現したいという監督の意向のもと、篠原さん、松坂(慶子)さんにはクランクイン前に介護練習をしていただき、実際に脳症のお子さんをもつ御家庭に伺って、介護の仕方、生活習慣など取材させて頂いて、その多くを作品に取り入れさせていただきました。想像だけではなく、やはりリアルを追求する上で、クランクイン前の準備が非常に効果的でした。キャスト陣の向き合い方だけでなく、美術、装飾、そして演出に至る細部にわたり、準備段階でリサーチした部分がかなり作品に反映されています。

リアルとフィクションを織り交ぜた最先端技術の表現

本作に登場するBMI(Brain-machine Interface:脳介機装置)やANC(Artificial Neural Connections:人工神経接続技術)については、演出部中心に各方面へアプローチをしていきました。実際の仕組みや考え方だけでなく、大学の研究室などにお邪魔し、どういう展望のもとに研究をされているか、ロボットアーム等、実際のものをお借りして、装飾もかなり参考にさせていただきましたが、何より、どういう想いで研究・開発されているのか、みなさん非常に高い志をお持ちの方々ばかりで、表面的な部分の模倣に限らず、何より精神面に触れることができたのが、大きかったです。特に、作品的に最も重要となる技術=ANCについては、東京都医学総合研究所の西村幸男先生に多大なご協力をいただきました。実際に存在するANCのリアルな箇所を参考にさせていただきながら、フィクション部分、未来予測的なエッセンスも取り入れて表現しているので、そのバランスを取るのが難しかったですが、堤監督中心に試行錯誤しながら本作ならではのBMIやANCといった最先端技術を目指しました。

2年間を巡る物語を、真冬の2か月で撮影

撮影時期が冬だったこともあり、大雪の日に真夏のシーンを撮影したり、現場のキャスト・スタッフもそうですが、CG等の仕上げは本当に大変でした。ただ、大雪の日は、真冬も描く上では、逆にチャンスでしたので、本編にもそのまま活かせた点ではラッキーでした。播磨家の内部は全て角川大映スタジオのセットで、玄関、リビング、ダイニング、瑞穂が眠る部屋、そして庭などもセットを建てました。外観については*石橋湛山邸をお借りしたので、その外観をベースにしながら、美術セットをデザインしました。特に播磨家の内部をセットにしたのは、撮影効率もありますが、やはり現場を同一の場所で安定させて、監督とキャスト陣が芝居に集中できる環境を整えること、それが最も重要でした。「人魚の眠る家」というタイトルにある通り、リアルな日常がベースの物語でありながらちょっとメルヘンやファンタジー感を感じさせる非日常を出していくのは当初の狙いとしてありました。余談にはなりますが、監督ご自身が娘さんの受験を経験しており、和昌の言う「お辞儀は七秒半だろ」というセリフは、監督の実体験に基づいて加えました。またロケで利用させて頂いた伸芽会(小学校受験の名門塾)さんも、監督が実際にお世話になったこともあり、冒頭の受験の予行演習シーンは、大変リアルなものとなりました。

そして、誕生した“家族”

登場人物個々の感情変化が非常に繊細に移ろう物語なので、本当に数ミリ単位の変化を丁寧に演出でつなぎ合わせていくのは苦労されていたと思います。特に主人公・薫子は、これまで篠原さんが演じてこられたキャラクターと少し異なっているので、とりわけ監督が意識されて演出されていたのが印象的でした。ただ今回は、基本的に順撮りをベースにしたこともあり、監督とキャスト陣が同じリズムでコミュニケーションを取りながら撮影を進めたので、すごくスムーズな現場だったと思います。 キャスト陣それぞれみな大変だったと思いますが、我々がもっとも不安だったのが、瑞穂役の来泉ちゃんが、ずっと意識のない設定なので、動かずに、寝ているお芝居をしっかりやれるかという点でした。ダミーの人形を用意することも検討しましたが、いざ現場に入ると、長芝居でもピクリとも動かない演技にみな驚かされました。実際には、本当に寝ていたようですが(笑)。その肝の据わり方もまさに女優です。 撮影現場は、ここまで雰囲気の良い現場はそうそうないのでは、というぐらい、堤監督の人柄や魅力が漂う和やかなものとなりました。また篠原さんが、現場のムードを大切にしてくださって、壮絶な物語を撮影しながらも、笑顔の絶えない素晴らしい雰囲気の現場となりました。そして子役みんなが本当に明るく元気。特に瑞穂(来泉さん)は撮影中ずっと眠っている事もあって、カメラが回っていないと篠原さん、西島さんに「パパー、ママー」とじゃれ合う姿が印象的で、傍目にみても本当に夫婦、親子のように素晴らしい“家族”でした。 新垣弘隆(プロデューサー)

©2018「人魚の眠る家」製作委員会